2020年06月13日

第81回 大岩山〜明智藪〜胴塚〜小栗栖城跡〜本経寺

Screenshot_20200613-133906.png

1582(天正10)年6月13日は、山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れた明智光秀が、勝龍寺城から坂本城を目指す途中の小栗栖で、織田信長の近臣に討たれた日。梅雨入りしてしまったけれど…どうせ行くなら、今日やんね!

DSC_2621.JPG
明智光秀の供養塔のある本経寺から、まずは大岩街道登山口にむかいます。

DSC_2625.jpg
小栗栖(おぐりす)の住宅街をぬけると

DSC_2626.jpg
弘法大師杖の水に到着〜!

DSC_2627.jpg
弘法大師は、この道を何度も通って法淋寺や醍醐寺に行かれたのだそう。その際、杖の先で掘られた穴から、神泉が湧き出てきたのだとか。スゴッ

DSC_2628.jpg
登っていくと

DSC_2631.jpg
キャ――! 時代劇の中に入ったみたい〜。

DSC_2633.jpg
明智光秀も通った道。 思いをはせながら、歩きます。

DSC_2634.jpg
京都1周トレイル&深草トレイルに合流〜!

DSC_2637.jpg
これって…中生代(約2億5217万年前〜約6600万年前)の海底に堆積した丹波層群カナア??

DSC_2638.jpg
太陽光発電〜! ミツヒデ ガ ミタラ ビックリ スル ダロウ ナア(笑)

DSC_2657.jpg
キャ―――! 天王山に、伏見桃山城〜!

DSC_2655.jpg
光秀は、天下分け目の天王山で戦ったあと、ここを通って、坂本城へむかったんやねぇ。シミジミ

DSC_2659.jpg
大岩山展望所に到着〜! ここは、知る人ぞ知る京都の穴場夜景スポット(輝) マサカ アルイテ ノボル ヒガ クルナンテ オモッテモ ミナカッタ(笑)

DSC_2660.jpg
左奥には、あべのハルカス〜! 今日って…大雨予報じゃなかったっけ??(笑)

DSC_2641.jpg
正面に半国山(第77回)〜! そして、嵐山から、光秀が信仰した愛宕山(第76回)〜! ヤバイヤバイ マダ シュッパツチテン ニ ツイテナイノニ ジカン ツカイスギ(汗)

DSC_2666.JPG
とりあえず(笑)…麓まで、おりてきました〜!

DSC_2667.JPG
大岩街道登山口〜(嬉)

DSC_2668.JPG
では、あらためて…大岩山に登ります(笑)

DSC_2670.JPG
深草山の主峰である大岩山は、

DSC_2671.JPG
徳川家康上洛の際、乗馬の飼草(かいぐさ)をまかなったことから、御草山とも呼ばれるらしい。

DSC_2673.jpg
わっ!滝〜(輝)

DSC_2674.JPG
6月2日本能寺の変、そして、6月13日山崎の戦い

DSC_2676.JPG
心も体も、きっと、疲れ果ててただろうなぁ…。

DSC_2678.JPG
マムシ(怖)…出てきませんように(祈)

DSC_2679.JPG
橋を渡ると

DSC_2680.jpg
池に到着〜! ミズノ ナカカラ ナニカガ トビハネマス(怖)

DSC_2682.jpg
光秀は、この池に武具を沈めたのだとか。 ミツケタラ オタカラ ヤネ

DSC_2683.JPG
白姫龍神大神様〜。

DSC_2685.JPG
わぁ――! すご〜い(輝) 京都出身の日本画家 堂本印象が寄進した大鳥居(第一鳥居)〜!

DSC_2686.JPG
印象の母は、幼い頃から病弱だったわが子の健康を願い、熱心に大岩神社に通われたのだそう。病気平癒と母への感謝の気持ちとして、1962(昭和37)年に寄進されたのだとか。

DSC_2687.JPG
大岩神社は、難病、特に心の病や、昔は不治の病であった結核平癒にご利益があるとして

DSC_2691.JPG
かつては、多くの参拝者で、にぎわったようですが

DSC_2692.JPG
今は、荒廃が進んでいます。

DSC_2693.JPG
大岩山展望所に行く前に

DSC_2695.jpg
大岩神社にむかいます。

DSC_2696.JPG
男神様の大岩〜。

DSC_2701.JPG
女神様の小岩〜。ホコラ ノ ウシロ ニ イワクラ ガ アリマス

DSC_2698.JPG
堂本印象が寄進した第二鳥居〜!

DSC_2700.jpg
何十年と、毎月参拝に来ているという和歌山のご夫妻に、大岩神社の変遷を聞くことができました。この建物には、神主様が常駐されていたのだとか。

DSC_2703.jpg
大岩山展望所(山頂)に

DSC_2712.JPG
今日2度目の(笑)、到着〜!

DSC_2715.jpg
天王山から大岩山まで来ると、あとは小栗栖を経て醍醐の山に登り

DSC_2720.JPG
笠取山から石山に抜けるのが

DSC_2727.jpg
近江への最短ルートらしい。

DSC_2729.jpg
光秀終焉の地までのルートを

DSC_2730.jpg
たどっていきます。

DSC_2731.jpg
小雨が降る中、近臣10数名とともに

DSC_2733.jpg
小栗栖にむけて通ったといわれる竹藪。

DSC_2736.JPG
必死に走ったんだろうなぁ…。

DSC_2738.JPG
弘法大師杖の水まで、戻ってきました〜。

DSC_2740.jpg
明智藪に進みます。

DSC_2743.JPG
石碑から

DSC_2744.JPG
左に30m

DSC_2746.JPG
進むと

DSC_2752.JPG
明智藪。ここで光秀は…信長の近臣 小栗栖城の武士集団飯田一党に討たれたんやねぇ(涙)

DSC_2751.jpg
竹槍に刺されて重傷を負った光秀は その場で自害し、家臣 溝尾茂朝(しげとも)によって介錯されたらしい(泣)

DSC_2754.jpg
光秀の胴を埋葬した胴塚にむかいます。

DSC_2756.jpg
新小栗栖街道を進んでいくと…あれかな??

DSC_2759.JPG
光秀の胴塚です(祈)

DSC_2760.JPG
小栗栖城跡にむかいます。

DSC_2762.JPG
864(貞観4)年、男山八幡宮の分霊を迎え、創建された小栗栖八幡宮。

DSC_2764.JPG
戦国時代には、地頭の飯田氏が、小栗栖城主として城砦を構えていたのだとか。

DSC_2765.JPG
今は、石垣だけが残っています。

DSC_2766.JPG
久遠山 本経寺に到着〜。

DSC_2772.JPG
本堂の左手に

DSC_2773.JPG
光秀の供養塔があります(祈)

DSC_2774.jpg
先週に引き続き、光秀に、たっぷりと浸れるルートでした。

DSC_2775.jpg
今日も無事に、下山(?)完了です。

※本経寺に駐車場あり。
posted by SORA at 20:06| 登山